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東京地方裁判所八王子支部 昭和52年(ワ)374号 判決

原告 榎本祥一

右訴訟代理人弁護士 飯塚和夫

同 久留達夫

被告 多摩土地開発株式会社

右代表者代表取締役 馬場忠雄

被告 加藤亮一

右両名訴訟代理人弁護士 室田景幸

主文

一  被告多摩土地開発株式会社は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五二年四月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告多摩土地開発株式会社との間に生じた部分は、これを二分し、その一を原告、その余を右被告の各負担とし、原告と被告加藤との間に生じた部分は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告 左記判決及び仮執行の宣言

(一)  被告らは、各自、原告に対し、金六六九万円及びこれに対する昭和五二年四月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら 左記判決

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  被告多摩土地開発株式会社(以下、被告会社という)は東京都知事の免許を受けて宅地建物取引業を営むものであるが、原告は昭和四八年六月二日、被告会社の仲介により、被告加藤から、左記土地(以下、本件土地という)を代金一、四〇四万円で買受けた(以下、本件売買契約という)。

東京都町田市大蔵町字関山二、九五〇番一 畑(但し、登記簿上)三五七平方米

二  被告会社の責任

(一)  本件土地は、右売買契約締結当時、宅地造成等規制法(以下、宅造法という)の適用を受け、同法第三条による宅地造成工事規制区域内にあった。

(二)  また、本件土地は、もと畑であって且つ本件売買契約締結当時、南側が約三米幅の道路に接する傾斜地であり、その大部分は右道路より約四米高い地形であった。

(三)  それゆえ、本件土地に建物を建築する場合は、当然、宅造法第二条第二号、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事を行う必要があり、従ってこれを行うときは、造成主は東京都知事の許可を受けなければならないから(宅造法第八条)、宅地建物取引業者、即ち被告会社が本件土地を原告に売買の仲介をする場合は、宅地建物取引業法(以下、宅建業法という)第三五条第一項第二号、同法施行令第三条第一七号により、原告に対し、本件売買契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、本件土地には前記のような宅造法の適用ないし制限があることを、これらの事項を記載した書面を交付して、説明をさせるべき義務があった。

仮に本件土地に建物を建築する場合、そのやり方によっては、前記のような宅地造成工事をする必要がなかったとしても、本件土地は前記のような地形であるので、本件売買契約締結当時、原告の如き一般人即ち不動産売買の専門家ではない素人にとっては、本件土地が右造成工事を必要としないものであるとは到底客観的に明らかでなかったから、かかる場合は、宅地建物取引業者(即ち被告会社)は、少くとも信義則上、原告に対し、右同様、本件土地には前記のような宅造法の適用ないし制限があること又は本件土地には宅造法の適用があるが、建築方法の如何によっては、右造成工事をする必要がない場合もあることを告知すべき義務があった。

(四)  しかるに、被告会社は右義務を履行せず、本件売買契約が成立するまでの間に原告に対し前記事項の説明又は告知をしなかった。その結果、原告は次のとおり金六六九万円の損害を被った。即ち、原告は本件土地を転売の目的で買受けたものであるので、本件土地に前記のような宅造法の適用ないし制限があること等を知っておれば、本件土地を買受けなかったものであるか、又は少くとも前記のような高額の値段ではこれを買受けなかったものであるところ、その後本件土地には右宅造法の適用等があって、莫大な造成費用をかけなければ、建物は建築できないことがわかったので、やむを得ず昭和五一年四月一四日本件土地を株式会社大蔵屋(以下、大蔵屋という)に代金七三五万円で売却したものであるから、原告は右代金と前記買受代金一、四〇四万円との差額金六六九万円に相当する損害を被ったものであって、右損害と被告会社の前記債務不履行との間には相当因果関係があるものというべきである。

(五)  なお、被告会社の右債務不履行は、同会社の故意又は過失にも因るものである。

(六)  従って、被告会社は、原告に対し、右債務不履行又は不法行為に基づき、金六六九万円の損害賠償責任がある。

三  被告加藤の責任

(一)  本件土地に前記のような宅造法の適用ないし制限があることは同土地の隠れたる瑕疵というべきである。しかるに、被告加藤は、本件土地には何らの瑕疵もないものとして、これを原告に売渡した。

(二)  また被告加藤は、故意又は過失により、原告に対し、本件土地には前記のような宅造法の適用ないし制限があることを告知しなかった。

(三)  その結果、原告は、前記のとおり金六六九万円の損害を被った。

(四)  従って、被告加藤は、原告に対し、右瑕疵担保責任又は不法行為に基づき、金六六九万円の損害賠償責任がある。

四  ところで、被告らの右各損害賠償義務は不真正連帯債務である。

五  よって、原告は、被告ら各自に対し、前記損害金六六九万円及びこれに対する弁済期後である昭和五二年四月二三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告らの答弁及び抗弁

一  答弁

(一)  請求原因事実中、第一項及び第二項の(一)の点は認めるが、その余は全部争う。

(二)  本件土地は、本件売買契約締結当時、宅造法による宅地造成工事規制区域内にはあったが、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事を行う必要がなく、しかもこのことは当時、客観的にも明白であったものであるから、被告会社は本件売買契約の仲介に際し、原告に対して、本件土地が右宅地造成工事規制区域内にあることを説明ないし告知すべき義務はなかったものである。

また、本件売買契約締結後、原告が本件土地を大蔵屋に代金七三五万円で転売し、右転売代金と本件売買代金との差額金六六九万円の損害を被ったとしても、それは原告が大蔵屋に不当に買いたたかれた結果であるから、その責任は原告自らが負うべきものであって、これを被告らに転嫁することはできない。

二  抗弁

仮に被告らの右主張が採用されないとしても、原告には前記損害の発生につき重大な過失があるから、右過失は被告らの損害賠償責任及び賠償額の認定につき十分斟酌さるべきである。即ち、およそ売買により取得した土地を転売する場合、その転売代金が該土地の瑕疵等のために取得代金より著しく低廉となるときは、すべからく売主は転売前、自ら右瑕疵等の有無を調査するか又は前売買の売主もしくは仲介人にこれを問い合せるべきものであるところ、本件においては、原告は全く右各手段をとることなく、漫然、被告らに何らの相談又は通知もしないまま、急いで本件土地を必要以上の廉価で転売したものであるから、原告には前記損害の発生につき重大な過失があるものである。

第四被告らの抗弁に対する原告の答弁

右抗弁は全部争う。

第五証拠《省略》

理由

一  請求原因第一項は当事者間に争いがない。

二  そこでまず、被告会社の責任について判断する。

(一)  「本件土地が、本件売買契約締結当時、宅造法の適用を受け同法第三条による宅地造成工事規制区域内にあったこと」は当事者間に争いがない。

そして、本件弁論の全趣旨によれば「本件土地は、本件売買契約成立以前から、宅建業法第二条第一号に規定される宅地の概念に包摂される土地であったこと」を認めることができる。

(二)  しからば、被告会社は、本件売買契約の仲介をする際、原告に対し、右(一)の前段の点につき、何らかの説明ないし告知義務を有していたであろうか。

思うに、ある土地が宅造法の適用を受け、同法第三条による宅地造成工事規制区域内にある場合は、同土地におけるすべての宅地造成工事は当然に規制されるものではないが、同法第二条第二号、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事については、これを行うときは、造成主は、当該工事に着手する前に、都道府県知事の許可を受けなければならないうえ、この許可を得るためには、右工事は政令で定める技術的基準に従い、擁壁又は排水施設の設置その他宅地造成に伴う災害を防止するため必要な措置が講ぜられたものでなければならないから(同法第八条、第九条)、右土地を建物の敷地として購入しようとする者は、同土地が前示宅地造成工事規制区域内にあること及び同区域内における同法第二条第二号、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事については右のような制限があることを知れば、当然、同土地につき右のような宅地造成工事の必要の有無及び右工事を必要とする場合は、その費用はどの程度を要するか、又は右工事を必要としない場合でも、何らかの災害防止のための必要な措置をとらなければ建物は建築できないのか等考えるのが普通であり、従ってこのことは同土地を購入するか否か、ないしその購入代金はいか程にするか等の決定につき重大な影響を及ぼすものというべきである。してみれば、宅地建物取引業者は、その媒介にかかる売買の目的地(即ち、前示の意味の宅地)が宅造法の適用を受け、同法第三条による宅地造成工事規制区域内にある場合は、少くとも、右目的地につき同法第二条第二号、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事を行う必要のないことが、不動産売買の専門家ではない一般人にとっても、客観的に明白であるといえない限り、宅建業法第三五条第一項第二号、同法施行令第三条第一七号に基づき、その媒介にかかる売買の当事者に対して、当該売買契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、右売買の目的地が宅造法第三条の宅地造成工事規制区域内にあること及び同区域内における同法第二条第二号、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事については、前示のような制限があることを、これらの事項を記載した書面を交付して、説明をさせるべき義務があるものと解するのが相当である。

そこで、これを本件についてみるに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。即ち「本件土地は、もと畑であって、且つ本件売買契約締結当時、南側が西から東へ上る約三米幅の公道に面し、北側が約一、五米幅の道路に接する、東西に細長い、南むきの急傾斜地であって、その約半分は南側公道より三米以上も高い崖地であり、一般人なら常識的にみて、相当の切土、盛土をしなくては、到底建物は建てられないと考えられる土地であったこと」が認められ、右認定に反する被告会社代表者の供述はこれを措信することができない。してみれば、本件土地は、本件売買契約締結当時、同土地につき宅造法第二条第二号、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事をする必要のないことが、不動産売買の専門家ではない一般人にとっても、客観的に明白であるとは到底いえない状態にあったものというべきである。

もっとも、《証拠省略》を総合すれば「本件土地は、後記の如く、本件売買契約成立後、原告がこれを前示のままの状態で大蔵屋に転売し、更に大蔵屋がこれを大竹正美に転売したところ、右大竹は地目を宅地に変更したうえ、同土地を三筆に分筆し、各土地上に各一棟の建売住宅を建築して、これを他に売却したが、右建築の際、大竹は前示宅造法第八条の許可を受けなかったこと」が認められるので、右事実だけからすれば、本件土地には右許右を受けなくても建物は建築された、即ち本件売買契約締結当時、本件土地には宅造法第二条第二号、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事をする必要がなかったものとみられなくもない。しかし、この点については、更に《証拠省略》を総合すれば「大竹の建築した前示三棟の住宅は、いずれも、地下一階を南側の公道面から高さ三米以上もある鉄筋コンクリート造の堅固な車庫となし、その上方及び後方にかけて本造亜鉛メッキ鋼板葺の二階建を建築した特異な構造の建物であって、本件土地上にかかる構造の住宅を建築したのは、建売業者である大竹が、その専門的知識により、同土地に対する前示のような宅造法の制限を免れるため、いわば苦肉の策としてとった例外的便法によるものであること」が認められるから、前記事実の存在のみを以ては、いまだ前示認定を覆えすに足らず、他に右認定を動かすに足る証拠もない。

してみれば、被告会社は、本件売買契約の仲介をする際前示宅建業法及び同法施行令の各条項に基づき、原告に対し、本件売買契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、本件土地が宅造法第三条の宅地造成工事規制区域内にあること並びに同区域内における前示宅造法及び同法施行令の各条項に該当する宅地造成工事については前示のような制限があることを、これらの事項を記載した書面を交付して、説明をさせるべき義務があったものといわなければならない。

(三)  ところで、原告本人及び被告会社代表者の各供述並びに弁論の全趣旨によれば「被告会社は、本件売買契約の仲介をする際、原告に対し、本件売買契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、本件土地が宅造法第三条の宅地造成工事規制区域内にあること並びに同区域内における前示宅造法及び施行令の各条項に該当する宅地造成工事については前示のような制限があることを、これらの事項を記載した書面を交付して、説明をさせなかったこと」明らかである。

しからば、被告会社は、原告に対し、右債務不覆行の結果原告が被った損害の賠償をする義務があるものというべきである。

(四)  そこで次に、損害額について按ずるに、《証拠省略》を綜合すれば、次の事実を認めることができる。即ち「原告は、音楽の教師であって、不動産の売買にはうとかったものであるが、被告会社のすすめにより、当時本件土地には前示のような宅造法の適用ないし制限があることを知らず、むしろすぐに買受価格より高くなる土地だと聞かされ、これを信じ、転売の目的で本件土地を買受けたものであるところ、その後いわゆる石油ショックに因る地価の暴落及び本件土地に対する前示宅造法の適用ないし制限並びに同土地の前示のような形状及び地形等から、容易にこれを転売することができず、ようやく昭和五一年四月一四日、宅地建物取引業者である大蔵屋に代金七三五万円で本件土地を転売することができたが、以上の結果、結局、本件売買代金一、四〇四万円と右転売代金の差額金六六九万円に相当する損失を被ったこと。並びに原告は、本件土地に前示のような宅造法の適用ないし制限があることを知っておれば、同土地は買受けなかったものであること。」を認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。なお、この点につき、被告らは、右損害額は原告が大蔵屋に不当に買いたたかれた結果であると主張するが、これを認めるに足る的確な証拠はない。

ところで、被告会社代表者の供述及び弁論の全趣旨によれば「被告会社は本件売買契約の仲介をする際、本件土地に前示のような宅造法の適用ないし制限があること並びに同土地の形状及び地形が前示のとおりであることを知っていたこと」明らかであるから、宅地建物取引業者である被告会社は、本件売買契約成立当時、右適用ないし制限を知らず、且つ不動産売買の専門家ではない原告が、その後本件土地を転売するときは、同土地に対する右のような宅造法の適用ないし制限が障害となって、有利にこれを転売することは困難であることを当然予見し得たものと推認するのが相当である。

してみれば、原告の前示損害六六九万円と被告会社の前示債務不履行との間には相当因果関係があるものといわなければならない。

そこで進んで、被告らの過失相殺の抗弁について按ずるに、まず被告ら主張の調査ないし相談の点については、《証拠省略》によれば「原告は、本件土地を大蔵屋に転売する際、同土地には前示のような宅造法の適用ないし制限があることを知ったので、自ら町田市役所に赴いて、これを確認したこと」が認められ、また《証拠省略》によれば「原告は、右転売前、被告会社に本件土地の買戻を求めたり又はその相談をしたことはなかったが、これは当時原告と被告会社との間に別件の訴訟事件が係属して、両者は既に対立抗争の関係にあり、相互に不信の念を持っていたので、到底本件土地の買戻など相談できるような状況ではなかったことによるものであること」が認められるから、前記調査ないし相談の点につき原告に過失があったものということはできない。しかし、本件土地の転売価格が前示ように本件売買代金より著しく低廉となったのは、本件土地に前示宅造法の適用ないし制限があったことの外、いわゆる石油ショックに因る一般的な地価の暴落並びに本件土地の前示のような形状及び地形自体にも、その重要な原因があったこと前示のとおりであるうえ、本件に提出された全証拠によるも、地価の低落していた昭和五一年四月当時、原告が本件土地を急いで他へ転売すべき差し迫った状況にあったものとは到底考えられないところであるから、これらの事情は、少くとも、公平の原則上、原告の損害額を算定する際、十分に斟酌すべきものである。してみれば、被告会社の前示債務不履行の結果、原告が被った損害額は、前示六六九万円の約三分の一である金二〇〇万円と認めるのが相当である。

しからば、被告会社は原告に対し、右債務不履行に基づく損害賠償として、金二〇〇万円及びこれに対する弁済期後である昭和五二年四月二三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務あるものといわなければならない。

三  次に、被告加藤の責任について判断する。

原告は、本件土地に前示のような宅造法の適用ないし制限があることは同土地の隠れたる瑕疵であると主張するが、いわゆる瑕疵担保の場合における「売買の目的物の瑕疵」とは、単に右目的物に存する物質的な欠点のみならず、法律的な制限を含むとしても、本件土地が宅造法第三条の宅地造成工事規制区域内にあること及びこれに伴い、同土地において同法第二条第二号、同法施行令第三条に該当する宅地造成工事をする場合には、同法第八条により、東京都知事の許可を受けなければならないことが、本件売買契約の目的を達成し得ない重大な障害となることの主張、立証のない本件においては、本件土地に右のような行政上の取締法規が適用されるからといって、直ちに本件土地に売主の瑕疵担保責任を発生させる法律的な瑕疵があるものとはいうことができないから、原告の前記主張は採用できない。

また、本件売買契約締結の際、宅地建物取引業者ならともかく、そうでない被告加藤に、売主であるからといって、当然原告に対し、本件土地には前示宅造法の適用ないし制限があることを告知すべき法律上の義務があったものとは到底解することができないから、同被告が右事実を原告に告知しなかったとしても、同被告に故意又は過失があるとすることはできない。

従って、原告の被告加藤に対する瑕疵担保又は不法行為に基づく本訴請求は、いずれも理由がないものというべきである。

四  よって、原告の本訴請求は、爾余の点につき判断をするまでもなく、前記説示の限度においてのみこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第九二条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川純一)

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